9. 脳硬膜動静脈瘻 dural arteriovenous fistula

 

9.1 発生学的背景

 

脳硬膜静脈洞の発生は、まず胎生4カ月後半から7カ月にかけて横静脈洞の外側のjugular bulbから正中のtorcular herophiliに向かう静脈洞の拡張ballooningがおこり、次いで5カ月頃からその径の均一化が起こり、出生前に成人の形態に近づく.出生時には、頚静脈部(jugular bulb)や海綿静脈洞部への流出は未発達で、mastoid emissary vein、condylar emissary vein、occipital sinus、marginal sinusがその代わりに発達している.jugular bulbは、後頭静脈洞の閉塞などに伴い、生後数週間かけ発達し、さらに海綿静脈洞部への流出(cavernous sinus capture)には時間がかかり、2歳の頃に成人の静脈パターンに近づくとされる [26].横静脈洞の走行も生後6カ月まではTowne像で、なだらかな内側凸(正中に向けて凸)のカーブを描いているのが、その後は成人の走行に近づく.胎生期の脳硬膜静脈洞の発達不全は、静脈洞の大きな拡張venous lakeとして残る.ここに動静脈短絡が形成される.よって栄養血管の基本は、硬膜の動脈である.一般的に、短絡血流はlow flow(slow flow)とされ、新生児期の心不全は少ないとされるが、必ずしもそうではなく、slow flowであるが、シャント量が多いため、ガレン大静脈瘤と同様に心不全を起こす場合もある [6].動静脈瘻は、S字状静脈洞、横静脈洞、上矢状洞遠位に起こるが、torcular herophiliなど正中部の硬膜静脈洞の関与がある場合は、正常な脳還流路を共有するため治療は困難で予後不良である.venous lake内に血栓を伴うことも多く、このため凝固系異常を合併し、出血傾向などの全身症状に対して抗凝固療法を必要とすることもある(Kasabach-Merritt現象).静脈流出路の制限・静脈圧の上昇などのため、静脈性梗塞、melting brain syndromeになるた場合の予後は不良である.

 

9.2 分類

 

先天性硬膜動静脈瘻と成人の硬膜動静脈瘻は、血管構築が似ている場合でも、全く異なる疾患と考えるべきであるとされ、大人の分類や治療法をそのまま先天性硬膜動静脈瘻に流用することはできない.新生児と乳児は、より年長の子供や大人と異なるcomplianceとvulnerabilityがあり、これがそれぞれ特徴的な症状(systemic manifestationとhydrovenous disorder)につながる.先天性硬膜動静脈瘻には、1, dural sinus malformation (with AV shunts)、2, infantile dural arteriovenous shunt (DAVS)、3, adult DAVSの3種類に分類されるが、血管構築は類似しているものの病態はそれぞれ異なる.表2 [2].先天性硬膜動静脈瘻は、VGAMよりも発生頻度ははるかに低く、男女比はやや男性が多いとされる [21,27-29].

 

成人の硬膜動静脈の成因は、静脈洞血栓症、外傷、外科的手術など後天的な要因が考えられており、小児の硬膜動静脈瘻とは異なるとされる.しかし、これらの要因が胎生期に起こった結果が、小児期の硬膜動静脈瘻と考えることも可能である.胎生期に起これば脳静脈・静脈洞は形成過程であり、大きく拡大した静脈洞やpouchが形成され、そこに動静脈瘻が形成されても不思議ではない.

 

1. dural sinus malformationは、巨大な硬膜静脈洞(giant dural lake)とそこに硬膜動静脈瘻があり、軽度の心不全、凝固異常、頭蓋内圧亢進、雑音、頭皮静脈拡張、頭囲拡大、巨頭症、水頭症、精神発達遅延、けいれん、局所神経脱落症状などの症状を呈する.新生児の場合、高度の心不全で発症することもある.まず、硬膜静脈洞の形成異常があり、動静脈瘻は、それに付随して形成された(secondary)とされる.giant dural lakeが、頭蓋外に進展していることもあり、sinus pericraniiやemissary veinが大きく拡張した病態とも考えられる.時には、静脈洞の血栓症を伴い、静脈の導出障害やさらに凝固異常(coagulation consumption syndrome)も伴うことがある.正中線上の病変(torcular herophili部)は、それ以外の病変よりも予後は不良である.

 

2. Infantile DAVSは、新生児期、幼児期に認められる単発または多発性のhigh flowの硬膜動静脈瘻で、拡大した硬膜静脈洞を伴うこともあり、軽度の心不全、巨頭症、精神発達遅延、頭痛などを呈する.S状静脈洞や頚静脈洞の狭窄・閉塞を伴うことが多く、pial supplyも認められることがある.特に、両側のS状静脈洞が閉塞している場合には、シャント血流は、正常脳還流血流もともに、leptomeningeal refluxし(多くは、中大脳静脈を逆流し)、著明に拡張した海綿静脈洞へ流入する.その後、上眼静脈や内頚静脈へ導出する.側副路としての海綿静脈洞の発達が、症状の発現に重要な要素である.海綿静脈洞へのrefluxにより眼球突出、外眼筋麻痺、顔面静脈の怒張などが認められる.海綿静脈洞から上眼静脈への導出血液量が多く、全身麻酔をかける場合、マスクなどで顔面を圧迫したり、頚部を圧迫しながら顎を保持すると眼球突出がさらに悪化するので注意が必要である.病変は、一側性・多発性が特徴であるが、単発例や両側性の場合もある.心不全は軽度であるため、緊急の塞栓術が必要になることは少ない.二次性にpial AV shuntを誘導することもあるが、一次性の動静脈瘻primary dural AV shuntと二次性の動静脈瘻は、secondary or induced AV shuntの鑑別は簡単ではない.二次性の動静脈瘻は、一次性の動静脈瘻ほど、短絡血液量は多くはない.このpial AV shuntは、本来のdural AV shuntの治療により消失することもあり、その臨床的意義や治療適応は不明である.硬膜静脈洞は拡大していることが多いが、dural sinus malformationのように巨大な硬膜静脈洞ではない.

 

3. adult DAVSは、静脈洞血栓や外傷を含めた硬膜への何らかの原因(trigger)で、起こった後天性の硬膜動静脈瘻である.その症状や血管構築は、成人の硬膜動静脈瘻と同じで、海綿静脈洞やS状・横静脈洞に多い.硬膜静脈洞の拡大はない.雑音や眼球浮腫など脳症状以外で発症する場合もある.成人の海綿静脈洞病変と異なり、静脈洞を閉塞する治療後に、以前正常であった部位に、新たな硬膜動静脈瘻が稀に形成されることがあり、Lasjauniasらは小児例では経動脈的塞栓術を薦めている [2].

 

9.3. 治療

 

新生児期に発症した場合の治療は、利尿剤、強心剤、呼吸管理などの内科的な治療以外に、外科的治療や血管内治療が必要となる.血管撮影上での治癒(anatomical cure)を望むことは困難な場合が多いため、治療の目的は神経症状の安定・悪化防止である.血管内治療は、経動脈的塞栓術、経静脈的塞栓術、直接穿刺による経静脈的塞栓術が行われる.ガレン大静脈瘤と異なり、積極的に経静脈的塞栓術も行われる.torcular herophiliにシャントがある場合、正常の静脈還流を温存する必要があり、原則としてtorcular herophiliを閉塞することは出来ないため予後は不良である.しかし、正常脳還流に脳静脈洞が全く使われていない場合には、torcular herophiliを含めて、広範囲の静脈洞をコイルで閉塞することが可能である.また、torcular herophiliにあるpouchをコイルで閉塞しても、その周辺に静脈流出路が残る場合もある.経動脈的塞栓術では、NBCAを用いてシャントそのもの、またはその近傍で閉塞する.実際には、経動脈的塞栓術と経静脈的塞栓術を組み合わせて治療が行われる.治療効果という点では、静脈洞のコイルによる閉塞を行う治療の方が効果的であることが多い.経動脈的アプローチで、硬膜動脈からマイクロカテーテルを静脈洞へ直接導入可能な場合もある.静脈の還流路に閉塞・狭窄がある症例における経静脈的塞栓術は、静脈還流の悪化を来さないように行う必要である.血管撮影で、罹患静脈洞のコイルによる閉塞が可能かどうかの判断を注意深く行う必要がある.Isolated sinusになっている場合には、burr holeからの直接穿刺によるsinus packingが適応になる場合もある.術後管理に全身のヘパリン化(塞栓術中から術後数日間)や抗凝固薬の投与が必要な場合がある.

 

9.4. 治療成績

 

Lasjauniasら [23]の29例の報告では、9例 (31.3%) が死亡し、7例 (24.1%)が高度の神経学的脱落症状を残し、13例 (44.8%) で神経学的脱落症状がないか軽度の神経学的脱落症状が残存した.著者のシリーズの5例のうち3例の新生児症例(dural sinus malformation 2例、Cobb syndrome1例)は、ともに複数回の塞栓術を新生児期に行い、一例は、現在8歳になるが、僅かに言語発達の遅延があるのみで、1例は現在4歳で、精神・言語発達の遅延が中程度ある.半年経過した症例は正常に成長しており3例ともともに、AV shuntは一部残存している [5].1歳児で、精神発達遅延と水頭症で発症したinfantile type症例は、2回の塞栓術で動静脈瘻は消失し、水頭症と小脳扁桃の下垂は経過観察している.9歳児で、頭痛と顔面静脈の怒張で発症した多発硬膜動静脈瘻(infantile type)症例は、2回の塞栓術で上矢状洞の動静脈瘻は消失し、両側横静脈洞に残存する動静脈瘻に対して治療を予定している.頭痛と顔面静脈の怒張は消失し、神経学的に異常はない.

 

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2006.8.6記 


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