もやもや病

 

1.もやもや病とは


もやもや病は、1950年代の後半に初めてその存在に気付かれました.しかしその原因が不明のため、当初、いろいろな病名が付けられましたが、正式には「ウィリス動脈輪閉塞症」と言います.ウィリス動脈輪とは、脳底部で左右の頚動脈と脳底動脈が、リング状につながっていることを言います.大脳へ血液を送る頚動脈が頭の中で詰まったり(閉塞)、狭くなったりするため(狭窄)、脳の深い部分の細い動脈が、不足する脳の血流を補うための助け舟(側副血行路)として発達し太くなり、異常な血管構造を呈します.その脳血管撮影像がタバコの煙の「もやもや」した様子に似ているため「もやもや病」とも呼ばれ、こちらの方が一般的になっています.この「もやもや血管」の発達の程度は、患者毎にまちまちであり、小児は大人よりも発達していることが多いです.


2.もやもや病の症状


もやもや病は、脳虚血(脳への血液の供給が足りない状態)や脳出血(脳の血管が破綻して出血すること)で発症しますが、発症時の年齢分布は2つピークがあり、10歳までの子供は脳虚血で発症することが多く、30−40歳代の大人は、脳出血で発症する場合が多いです.もちろん、子供での脳出血、大人での脳虚血もあります.女性と男性の比率は、1.8:1とされ、女性の患者の方が多いです.発生頻度は、10万人に対して3.16とされ、日本で年間に約400人の新たな患者が発生していると思われます.世界中で、もやもや病の報告はありますが、何故か東アジアに多く、中でも圧倒的に日本に多く発生しています.


病気の原因は、今だ不明で、以前は、先天性血管奇形という先天説や感染症などの生後になんらかの原因があるとする後天説がありました.兄弟や親子間での発生が約10%弱と多いことや日本人に多く発生することなど遺伝的な要素もあり、現在では遺伝子で規定された要素に、何らかの後天的要素が加わって発病する、という両者の関与が考えられています.原因は不明ですが、細菌やウイルスが原因の感染症ではありませんので、周辺の人にうつる可能性は全くありません.


病理学的には、脳動脈には動脈硬化はなく、内膜という動脈の内側が肥厚し、内弾性板という構造が断裂して、部位によっては血栓が壁に認められます.


もやもや病の症状には、片半身の麻痺や知覚異常、けいれん、不随運動(手足が勝手に前後・上下に勝手に動く)、歩行障害、上肢・手の麻痺、構音障害(呂律が回らない)、失語症(言葉が出ない)、話しにくい、話が分かりづらい、視野異常(見える範囲が欠ける)などがあります.もちろん、もやもや病以外でも同様な症状が出ることがあります.逆に、もやもや病の典型的な症状でないため診断が遅れる場合には、学力の低下(物忘れがある)、めまい、行動異常(落ちつきがない)、視覚異常(見にくい)、両足の脱力、全身の虚脱、失神発作、頭痛、嘔吐、嘔気などがあります.


脳虚血には、症状が一過性で消えてしまう場合と症状が残る場合があります.「一過性脳虚血発作」とは24時間以内に症状が消え、元に戻る場合を言いますが、数分から30分以内に神経症状が消失することがほとんどです.ラーメン・うどんを食べる時、息を吹きかけたり、笛・ハーモニカを吹いたり、大声で歌う時、泣く時、全力疾走した時など、血液中の二酸化炭素濃度が低下し、脳の動脈が縮み、脳への血流が減少するため脳虚血になります.意識が悪くなる、意識が遠くなる感じがする、手足の麻痺が出る、言葉が出にくくなる、四肢の不随運動が出る、などの症状を出します.頭痛、けいれん(てんかん発作)、感覚の異常や精神症状が出ることもあります.脳梗塞になると知能低下が起こることもあります.


子供の場合、大きな症状を伴った発作が出現すれば、何かおかしいと疑うのですが、軽い症状が慢性的に起こっている場合には、両親でも分かりにくく、診断が遅れることがあります.子供自身もそのような発作が起こらないように無意識に、「大声をあげない」とか、「過呼吸をしない」とかしている場合があり、異常に気がつかないこともあります.


脳出血がおこると、出血の部位(障害を受けた脳の部位)に応じて症状が出ます.脳動脈瘤(脳血管のこぶ)が合併し、これが破裂すればくも膜下出血が起こりますが、ほとんどの症例は脳内出血(脳組織そのものの中への出血)または脳室内出血(脳室という髄液をためている部屋への出血)が起こります.意識障害(昏睡・傾眠など)、麻痺、知覚異常、けいれんなどが起こります.命に関わるのは、脳出血を起こした場合が多く、再度、出血を起こすことも多いです.また、急性期を乗り越えても、記憶や判断力などの高次機能に障害が残ることがあります.


3.もやもや病の診断


診断は、臨床所見と画像診断で行われます.「ラーメンを食べるとき、時々、手の力が抜ける」「大泣きしたら手足がしびれる」といった典型的な症状の一過性脳虚血発作であれば、診断はさほど困難ではありません.しかし、てんかんや不随運動で発症した場合には、分かりにくい場合もあります.てんかんと診断されて、抗けいれん薬を投与され、その後、脳虚血の症状が出た場合など、もやもや病の診断まで、何年も時間がかかる場合もあります.他に、「精神的なもの」とか「自閉症」と誤診された症例も経験します.もやもや病が疑われた場合は、脳神経外科、神経内科、小児神経(内)科などで診てもらうことが必要です.強い頭痛、吐き気、嘔吐、意識がなくなる、麻痺、言葉が出ない、視野の一部が欠けるなどの症状が出たときは、すぐに病院を受診すべきです.


画像診断


もやもや病の画像診断は、主に、核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging: MRIと呼ばれます)とカテーテルによる脳血管撮影によって行われます.脳血管撮影は、直径1.3mmぐらいの細い管(カテーテル)を足の付け根の動脈から入れて行います.このカテーテルを頚部の動脈まで持っていき造影剤を注入して撮像します.そのため検査自身に僅かですが、危険性が伴うためその適応は慎重であるべきです.大人では、足の付け根への局所麻酔だけで可能な検査ですが、小学生やそれ以下の場合は全身麻酔で行います.最近は、強い磁場を利用したMRIによる診断が主に行われています.この診断法には、危険性は全くありません.MRIを用いた脳血管撮影法(Magnetic Resonance Angiography: MRA)も有用ですが、カテーテルによる脳血管撮影に比較してその診断能力はやや劣ります.MRI検査は入院の必要はありませんし、検査時間は30分ぐらいで、寝ている間に可能です.小さな子供の場合は、眠り薬(鎮静)が必要です.


X線CT(X線を使った断層撮影)は、緊急時に脳出血と脳虚血の鑑別に有用です.CTで分かることは、出血しているかどうか?明らかな脳梗塞があるかどうか?です.CTだけで、もやもや病の診断は困難です.ただ、最近、一般的になってきたマルチスライスCTを使った脳血管撮影が可能で、診断に有用な場合もあります.脳動脈の狭窄や閉塞の評価は可能ですが、もやもや血管の描出は困難です.


もやもや病の診断基準は以下のようになります.


(1)頭蓋内の内頚動脈の末端、その近傍に狭窄や閉塞があり、脳の深部(脳底部)に「もやもや血管」が認められる.(2)これが、左右ともに認められる.左右病変は「確診例」とされ、片側にしか病変がない場合は「疑診例」とされます.これ以外に、合併する疾患がないことも、診断基準に入っています.この合併疾患には、動脈硬化、脳腫瘍、放射線治療後、頭部外傷後、ダウン症候群、自己免疫疾患などが含まれます.


4.もやもや病の治療


A. 急性期の治療


急性期の治療は、他の原因でおこる脳虚血や脳出血の治療と同じです.脳虚血の場合は、脳細胞保護薬(脳細胞に障害を起こす物質に拮抗する)、抗血栓薬(血液が固まり難くする)、循環改善薬(血液の粘度を下げたりする)などの点滴が行われます.出血症例では、小さな出血の場合は、保存的な治療が行われます.脳室内の出血の場合は、緊急で細い管を脳室に入れて、髄液や血腫を抜く手術(ドレナージ術)が行われることがあります.大きな脳内出血の場合は、開頭による血腫除去術を必要とする場合もあります.脳圧を下げ、脳の腫れを改善する点滴治療も行われます.緊急で血管吻合術をすることはありません.けいれん発作があれば、抗けいれん薬が投与されます.


B. 慢性期の治療


(1) 虚血症例


内科的な治療として、抗血小板薬、抗凝固薬、血管拡張薬などの投与が行われます.これらの薬剤を積極的に投与する病院とそうでない病院があります.つまり決ったルールはありません.けいれんのある場合には、抗けいれん薬が投与されます.


虚血発作の再発を押さえる目的で、血管吻合術(血行再建術)が有効とされています.血管吻合術には、耳の前の頭皮内を走行している浅側頭動脈と頭蓋内の中大脳動脈の枝を顕微鏡で見ながら吻合する「直接吻合」と脳を包んでいる膜(脳硬膜)や側頭部の筋肉やその筋膜を脳の表面に置き、その間に自然に小さな血管の吻合が形成されるのを待つ「間接吻合」があります.直接吻合を行う場合、大なり小なり間接吻合と組み合わせるのが一般的です.また、多数のバーホールという直径1.5 cm程度の孔を頭蓋骨に開ける手術もあります.これは、この孔を介して、頭蓋外から頭蓋内へ自然に血管吻合が出来ることを期待した手術です.もやもや病は、左右に病変があるため、両側の手術が必要なことが多く、普通2回に分けて、症状の強い側の手術を先に行います.どちらの吻合術が有効であるかについては、いろんな意見があり、決まってものはなく、手術を行なう脳神経外科医の経験や慣れで決められることが多いです.


手術をした方が、しないよりも予後が良いという、今で言うエビデンスレベルの高い科学的なデータはありません.しかし、多くの脳神経外科医は、少なくとも子供の虚血発症症例に対しては、外科的治療を行なった方が良いと考えています.


手術の合併症には、頻度は高くはありませんが、脳梗塞、脳出血、切開部の感染(創部感染)、けいれん、発熱、神経症状の悪化などがあります.手術の効果は、すぐに現れるものではなく、虚血発作が徐々に減少し、その後、消失します.その時間経過は、脳循環の状態、手術方法などにより様々です.手術は全身麻酔で行われます.子供の脳血管撮影も全身麻酔が必要です.全身麻酔の合併症には、頻度は高くないですが脳梗塞があります.


(2) 出血症例


脳出血は、側副血行路になっている脳の深部の細い血管に負担がかかり破綻するのが原因と考えられています.この負担を軽減するために血管吻合術が行われる場合があります.しかし、必ずしもこの吻合術が再出血を予防するとは証明されていません.現在、その有効性を検証すべく共同研究が行われています.血圧の高い患者さんには、降圧剤を投与します.また、抗血小板剤の投与はしません.


(3) リハビリテーション


脳梗塞や脳出血の結果、半身の麻痺(片麻痺)・失語症などの障害の程度に応じてリハビリテーションが必要になる場合があります.理学療法、職業療法、言語療法があります.リハビリテーションは、発病前の状態に戻すことが目標ではありません.それは、脳の機能障害が起こった場合には不可能なことです.リハビリテーションで、現在の障害とともに社会生活をいかに上手くやっていくか、場合によっては周囲の介護の度合いをいかに減らすかが目標になります.


C. 偶然・無症状で発見された場合の治療


兄弟、親子の発生が10%弱に認められることからスクリーニングでMRI検査が行われます.また、めまい・頭痛の精査や頭部外傷の精査など、他の目的で行われた検査で偶然に発見される症例もあります.このような症例が、必ずしも将来、症状を出すとはいえないため、その治療方針には決まったものはありません.多くの場合、症状がなければ治療をせずに経過観察になります.


5.予後について


虚血発症の場合、一過性脳虚血発作は起こっても、症状を残す脳梗塞になる症例は多くありません.多くのお子さんが、元気に大人になっています.しかし、小児例では知的障害や運動障害などが認められることもあります.一過性脳虚血発作の頻度は、時間とともに減少します.また稀に、出血で再発する症例があります.出血症例では、再出血することが多く、特に中年以降に再出血すると予後は不良です.もやもや病で死亡する症例の多くは、脳出血によるものです.


2007.10.19 記


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