オスラー病と鼻血

オスラー病、遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)の症状の中で、最も高頻度の症状が鼻出血 nose bleedです.その程度・頻度には個人差が大きく、個人個人の鼻出血を時系列で見ても、必ずしも徐々に悪化するとは言えず、頻度・程度ともに軽快する場合もあります.季節によっても程度が異なることがあります.中には輸血を必要とする場合もあり、そこまでの出血では無くても、患者さんの生活の質QOLを下げる高頻度の鼻出血もあります.女性の場合、月経の前に頻度が上がったり、妊娠中に悪化したり、閉経後に軽快することもあります.逆に、閉経後に頻度が上がることもあります.鼻出血の治療は、HHTでない場合とHHT の場合では病理所見が異なるため、治療でも異なるアプローチが必要です. HHTによる鼻出血には3つの要因があるとされています.


    1:薄壁の毛細血管拡張の病変そのもの、

    2:外傷、

    3:脆弱な鼻粘膜.


   


毛細血管拡張の病変だけでは、出血することは少なく、軽微な外傷が加わることにより出血します.同じ病変でも皮膚では、扁平上皮(皮膚の表皮)があるため出血することは少なく、粘膜が表面にある鼻粘膜や消化管粘膜からの方が出血し易いです.後述する外鼻孔閉鎖術は、空気が通過するという外傷を無くする術式です.


HHTでは無いにも関わらず、頻回の出血や出血点が多数あるというだけで、オスラー病と診断されることがありますが、これは間違いであり、HHTの診断基準に則り診断されるべきです.家族歴や毛細血管拡張、肺の動静脈瘻などについて問診するだけでオスラー病の可能性が高いか低いかは、明白です.医師の知識・経験が乏しい場合、そのような誤診をすることがあります.


HHTにおける鼻腔の病変は、病理学的には毛細血管拡張 telangiectasia、細静脈拡張、小動脈筋層不完全発育、細静脈内皮細胞菲薄化とされています.当然ですが、鼻出血だけが問題になるのではなく、肺動静脈瘻や消化管出血等を含め、全身疾患の一症状と捉えるべきであり、耳鼻科医が鼻出血のみを治療することは木を見て森を見ずに等しいです.これに関しては、耳鼻科医の意識改革が必要と思われます.


治療法は、いろいろありますが、決定打がないのが実状です.軟膏塗布、ホルモン療法、止血剤投与、レーザー凝固、電気凝固、動脈結紮、塞栓術、鼻腔内パッキング、鼻粘膜皮膚置換術、外鼻孔閉鎖術、などがあります.凝固療法は重症例には無効なことが多いです.電気凝固は、鼻中隔穿孔を起こすことがあるため、禁忌とされる場合もあります.1960年代にSaundersが始めた鼻粘膜皮膚置換術(nasal dermoplasty)は、鼻腔前半分部(内側の鼻中隔と底部と外側壁の一部)の粘膜を大腿部から採った皮膚(中間層皮膚弁 split-thickness graft)で置換する方法ですが、鼻腔内の全粘膜を置換する(置換できる)わけではありません.両側の病変の治療を一期的に行ないますが、術中の出血は血管収縮薬のadrenalinを含むcottonで圧迫止血を繰り返しコントロールします.一時的には出血の程度・頻度を減らしますが、長期的には再発することがあるとされています.しかし、再出血しても鼻出血の程度は改善することが多いとされます.置換した皮膚部から出血がまた起こる場合もありますが、手術で置換されなかった鼻腔後部に残存する粘膜病変から出血することが多いです.この治療で患者さんが認識する必要があるのは、身体の他の部位の皮膚と同様に、毎日、鼻腔のclean up・洗浄を必要とすることです.分かり易く言うと、「鼻くそ」がたくさん溜まるということです.さらに難治症例には、外鼻孔閉鎖術が行なわれることがあります.外鼻孔を閉鎖することにより、気流の刺激が無くなり出血が劇的に減少するとされています.しかし、鼻機能を失うことと、閉鎖後に出血した場合には、後鼻孔からのみ出血するため、その対処の困難さがあげられます.また口呼吸になり、口腔の乾燥感が不快とされます.ただ、患者さんの生活の質 QOLを上げた治療は、外鼻孔閉鎖術だけであったとする報告もあります.このnasal dermoplastyや外鼻孔閉鎖術は本邦では、あまり行なわれている治療ではありません.


患者さんが高度の貧血の場合、目で見える鼻血のせいだと思いがちであるが、消化管出血が原因であることも多いです.後者で、大量出血するのではなく、消化管粘膜の毛細血管拡張から、少しずつ、しかしいつも出血している状態があり、本人が気付かない場合もあり注意が必要です.


鼻出血の治療に決定打はありません.しかし、オスラー病の患者さんは皆、一人一人いろんな工夫をされています.その中で、理にかなった安価・有効だと、思われる方法があります.鼻腔を乾燥させない・刺激しない、は出血させないにつながります.


綿球にワセリンをつけ、鼻腔に5-10分入れて、綿球をそっと取り去るという方法です.綿球が、鼻腔内の病変に接して出血することもあるため、人差し指や綿棒で、鼻腔の入り口にワセリンを置くのでもいいようです.1日に3-5回、両方の鼻腔に行います.是非、試してください.


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2007.12.1 記、2008.7.1、2009.2.3、2012.2.1、2018.11.6 、2018.12.5 追記